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今年の目標は「感じる」こと

今年の目標は「感じる」ことにしようと思う。もうかなり月日は過ぎてしまったけど...

私はハンググライダーの練習をしている。一所懸命やっているのだが、なかなかうまくなることができない。そこで、うまくなれない理由を考えてみた。いろいろな状況を思い出してみた。すると、いつも問題点を意識することが欠落していることに気づいた。つまり、「感じる」ことが不十分だからではないかということに思い当たった。

ハンググライダーのベースバーは操作するハンドルであるとともに、風の流れを感じるセンサーなのだ。私のような初心者は、つい力を入れて操作してしまう。だが、力を入れれば、入れるほど、風の流れを感じることはできなくなってしまう。

ハンググライダーの世界では、皮肉なことに女性の方がうまくなるという話がある。つまり、女性は、力がないので、無理な操作をしない。男性のようには力任せにコントロールしないので、感じることができる。だから、女性の方が上達が早いのだ。

ハンググライダーに限らず、「感じる」ことができなければ、自分の悪い所を直すことはできない。直せなければ、上達することは難しい。これは、自然の理だ。だから、まずは肩の力を抜いて、風を「感じる」ことが重要だ。「感じれば」、どこが悪いのかを修正するきっかけができる。

ハンググライダーだけではなく、人生においても、「感じる」ことは重要である。「感じる」ことが上達への最初の一歩である。だから、「感じる」ことを今年の目標にして行きたい。

去年読んでインパクトを受けた本

去年読んでインパクトを受けた本。

1. 機械との競争 エリク・ブリニョルフソン

2.年収は「住むところ」で決まる ─ 雇用とイノベーションの都市経済学 エンリコ モレッティ

1.も2.も労働に関する未来予測の本だ。両書とも、人工知能やロボットの発達により数十年後にはホワイトカラーやブルーカラーの仕事はことごとくなくなると予測している。テクノロジのーの進歩により人間にしかできない仕事のみが残る。人間にしか出来ない創造的な仕事か、あるいは人間を相手にするサービス業や介護士等のロボットが対応できない仕事のみが残る。
私はこれらの本を読んで、これからの社会に不安を感じている。しかし、周りを見回すと相変わらず、過去の価値観で動いていて、その未来への大変化に気づかない様子で、社会は動いている。
未来の社会に適応するには、子供の時から創造的な教育をする必要があると思うが、従来の学校教育や企業ではそのような準備ができていないように思う。まずは個人で少しづつ進めていくしか方法はないのではないかと思う。

3. ずっとやりたかったことを、やりなさい。(2) ジュリア キャメロン

これも生き方に関する本だが、なぜか何度も読んでしまった。簡単に言うと歩くことや書くことで創造的に生きていこうと言う内容だ。私自身、創造的というものがどういうものかわからないので、これを読んで少しだけ創造性というものが分かったような気がする。私なりの解釈では、創造性とは椅子に座って創りだすものではなく、何か行動を起こすことの結果として発生するのではないかと思う。

こうして見ると私の興味の範囲は、働くこと、生きること、社会の変化、創造性だ。今年もこれらのことを追求していきたいと思う。

競争的環境で生きるには変わった人と仕事をしよう

私は、博士号を取りたいと思い、社会人枠で生物学系の大学院に入学した。所属した研究室は世界的にも有名で、Natute誌から取材を受けたことがあるほど有名で研究室内の人間関係は最悪であった。

200人以上の大きな研究室で、研究資金も豊富にあったので、常に10以上の研究プロジェクトが動いていた。だが、教授も短気で、すぐに怒りっぽく、研究員たちもいつも教授の悪口を叩いていた。競争も激しく、人のテーマやアイデアを平気で盗む研究員も多くいた。私自身も二度ほどアイデアを盗まれたことがあった。

研究の世界で生き残るために、博士号を取ろうと、多くの時間とお金をかけたが、その研究室では私の人間関係のまずさと能力の低さから結局、博士号を取得することはできなかった。

その大学院生活は今思い出しても嫌なことばかりだった。だから、そこから学ぶべきものは一つもないとずっと思っていた。しかし、最近考え直してみるとそうでもないと思うようになった。おそらく次の二つのことが分かった。

一つ目は、私自身の適性として研究者には向いていないと気付き始めた。20年以上も大学・研究機関と関わってきたが、どうも椅子に座って真面目に仕事をするというワークスタイルは私に向いていないことに気付いた。たまたま、受験勉強が得意で大学に入り、大学の学問の中に自分の得意分野があるに違いないと思って、探し続け、その中に自分を押し付けようとしていたが、その中には自分に合うものはなかったのだ。大学院での大失敗によってそのことを思い知らされたのだ。

二つ目に気付いたのは、瀧本氏のインタビュー記事を見ていて気付いたことだ。

「目の前にいる上司に協力することも大事だけど、会社の中でヘンなことをしようとしている危ない人と密かにつながりなさい」

瀧本氏は、会社では上司の言うことを聞くだけではなく、変な人の仕事をやれと言っていたことだ。私もこれに同感だ。というよりも、先の研究室では戦略的に変な人、主流ではないが、できる人といい関わりを持っていつか一緒に仕事ができるように動いていた。博士号取得には失敗したが、そこで人生教訓を得ることができたと思う。

その研究室でも主流の研究テーマがあり、多くの研究者や技術者が関わっていた。確かに、主流テーマは先も読みやすく成果も出やすいが、凡庸な人間が多く関わっているので、凡庸な人間同士の競争も激しい。私のように人間関係スキルの低い人間は、馬鹿にされ、弾き飛ばされてしまう。凡庸な人間に利用されて終わりなのだ。

私は、研究室の中でできる人間を探すように努めた。なぜか私には本当にできる人間を見つける嗅覚があるのだ。できる人間はあまり主流には乗りたがらない。自分の力で一流になれない二流の人間だけが主流に乗って大騒ぎするのだ。主流に乗らないできる変な人と組むと先行きは不透明だが、当たるとでかいし、競争相手も少ないので、自分のやりたいようにできる。

結局、競争の激しい環境では、変な人、本当にできる人と一緒に仕事をした方がよく、その人を師と仰ぎ、ついて行った方がよいかと思う。

情報循環とお金循環

 吉川弘之氏のシンポジウム講演会をまとめた記事を見つけた。タイトルは「イノベーションと情報循環」。研究などの新規情報(知見)は、「観察型研究者→synthetic型研究者→行動者(実践者)→自然→観察型研究者」という情報伝達サイクルをぐるぐる回ることにより、情報が洗練され、進化して、ついにはイノベーションに到達するというものだ。

 情報は、循環してこそ生きてくるというものだ。このことは、前回にも紹介したツイッターノミクスでも語られているウッフィーの概念と似ていて、情報がユーザーによって使われる事により情報提供者がウッフィーを増やし、情報経済(?)的に自律して、存在できるとということと似ている。

 私は、同じようなことをお金に関しても考えていた。政府が多額の税金をつぎ込んで、経済的弱者にばら撒いたり、必要のない公共事業をしても、結果が出ないのと類似点があるように思う。ただのばら撒きでは、砂漠に水をまいているのと同じで、水は栄養とならず、作物は育たないのだ。少量でもいいから、水(お金)が循環するシステム作りが重要だ。少量の水(お金)が回れば、経済的砂漠化が減少し、経済的に自律して小さな経済圏が生まれるのだと思う。

 これまでの社会経済システムは、政府が国民から税金という水(お金)を吸い上げて、山の頂上から垂れ流して、既得権のある権力者のみが潤い、下層の貧乏人は汚い水を飲んでいると構図になっている。

 安売り競争は、かならずしも良いものではなく、一見消費者にとって良いことのように見えるが、安くて悪いものばかりを消費しているとある種の病気になり、消費者はいつかは購買意欲がなくなって、販売する側も商売が成り立たなくするのだ。ファーストフードはお手軽で安いかもしれないが、そればかり食べ続ければ、病気なったり、味覚異常になってしまう。医療費もかさむので、結局、高くても高品質で安全な食べ物を食べざるを得ないことになる。これは、最近、環境問題で語られている持続可能な生き方と符合する。

 しかしながら、これからの情報経済もマネー経済も循環型にならなければ、成立しないのではないかと思う。というよりも、そうなることを期待している。このことは、まるで仏教の縁の思想が現代に形を変えて現れたようである。つまり、全てのものは何らかのつながりを持って存在しているのである。

イノベーションと情報循環 PDF

ツイッターノミクス – スピード冒険野郎の操縦席

正しい間違え方

書籍 伝説のトレーダー集団 タートル流 投資の黄金律

本書は、先日も「結果でなく決断に集中せよ」で紹介したが、違った側面から紹介する。本書の著者は、不確実性にどう対処するかについて説いている。

 不確実性の下では、未来を予測することは不可能なので、現在ある状況で可能な決断をすべきと説いている。

 著者は時間の大切さも説いており、不確実性の中では、ぐずぐずと考えていて計画を立てるよりも先ず行動すべきだといっている。下手な考え休むに似たりだ。耳が痛い!

 更には、行動により間違った道であることを早く行く見つけることが重要だと言い、「正しい間違え方」を薦めている。

リストラはいいこと?

 先日、NHKの税についての番組を見た。日本とスウェーデンの税負担に対する感じ方の違いのVTRを見た。スウェーデンの方が日本より税負担率が高いのに、スウェーデン人の税負担の感じ方は日本より低いのだ。

 スウェーデンでは、失職した人は職業訓練学校に数ヶ月通い、新しい技術を身につけて新しい職種に就くのが一般的となっている。スウェーデンの企業は競争が激しく、利益の出る事業にのみ集中し、リストラを行なっている。日本の様に駄目な企業を公的資金等で守るという方針とは異なっている。

 スウェーデンの企業の担当者が「リストラしやすいので、とても助かっています」という言葉を聞いて、私はビックリした。私を含めて多くの日本人は「リストラ=悪」であると思い込んでいた。何とか仕事を失うまいとして正社員を目指すのが当たり前と思っていた。しかし、実はリストラは良いことなのかもしれないと思えてきた。実際、スウェーデンではリストラを断行した会社は利益を上げ、政府にも税金が入ることになった。確かに、今の様に変化の激しい時代には企業だって、正社員の様にお荷物(ちょっと言い過ぎ?)を雇う余裕はない。

 社会全体からすれば、うまく行く(利益を生み出す)組織が利益を生み出す様に構造変容(restructuring)を遂げなくてはならない。人体等の組織の細胞ではこれは当たり前だ。とにかくこの番組を見て、リストラに対するイメージが変わってきた。日本もスウェーデンのようにリストラされても新しい技術を学び、新しい職種に挑戦させる仕組みが必要だ。

スターバックスはフリーエージェントたちの溜り場

書籍 フリーエージェント社会の到来―「雇われない生き方」は何を変えるか

 今アメリカでは、スターバックスが会社に勤めていないフリーの仕事人たちの仕事場兼コミュニティーになっているそうだ。フリーエージェント(FA)は、野球などでは一般的になっているが、一般のサラリーマンではあまり知られていない。マスコミなどでは、ディレクターなどは最初は会社に属しているが、たいていの場合、実力があれば、フリーになって仕事を請け負うことが多い。

アメリカでは、そのフリーエージェントが一般の会社員にも広がりつつあり、雇われない生き方が進んでいるとのことだ。

そのような人々をターゲットにしてスターバックスなどの喫茶店(?)がフリーエージェントたちに小さなオフィス、コピー機、ファックスサービス、インターネット接続などを提供している。スターバックスのやり方にも感心したが、なによりも雇われないでフリーで仕事をしている人間が増えつつあることにびっくりした。まだまだ、日本ではフリーエージェント的な働き方は一般的ではないが、既にアメリカでは一般的となっている。このような働き方の大変革は、会社のような窮屈な所で生きていけない人間にとっては朗報である。

つまり、インターネットの登場により、個人と個人が繋がるようになったために、自らの興味や能力を生かしてお金を稼げる時代になってきたのだ。資本を独占している大企業や政府がすべてを決めていた時代から自分の興味や能力にあった生き方を選べる時代が来るのではないかと思う。

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